Soliloquy

【 2004/4 】

* TFK (4/5)
* (4/10)
* (4/21)
* (4/25)
* (4/29)

* 2004/4/5 (月) 【 TFK 】

「略君、これ、また2台届いたから、h183と同じようにセットアップしといて。今度のはケチったせいでCDドライブもフロッピードライブもないから、まずこれを開けて、このCDドライブつないで。で、BIOSの設定を変えて、CDから起動するようにするんだよ。インストールが終わったらCDドライブは外して、BIOSも元に戻しておいて。で、h183の時に間違ってた設定は、こことこことここと…。」

…メカキャラな日々が続いています。取りあえず、前回のと同じ初めて本、それから、前回の経験を元に書き直したメモを片手にセットアップ作業を行っておりました。2台のセットアップに丸1日。しかもこれだけでは、単に「Linuxが走ってる」だけのコンピュータなんですよね。そんなうららかな春の日、皆様いかがお過ごしでしょうか。お花見などなさっておられるのでしょうか、お酒メインになってしまわないよう、どうぞお気をつけて。かくいう私は、世間の風情など放り出して、TFKです。

「TFK」…新手の化合物の名前でもなければ、空母の名前でもありません。
Test Flight in Kasaoka」の略称です。

お話ししたことがあったでしょうか。私は人力飛行機を製作するサークルに以前所属しておりました。今は既に引退してOBの身です。で、このサークルの後輩達が製作した機体の本格的な試験飛行を見に行こう、ということになりまして、4月の1日から3日にかけてその現場となる岡山県笠岡市に行ってきたわけです。そこにちょうど、おあつらえ向きの滑走路がございます。

OBになって大変なこと、その一つに、交通手段の確保の難しさが挙げられます。現役時代なら、サークル全体でレンタカーを数台用意して、費用もみんなで割る、ということができたのですが、OBはそうもいきません。ちょうど私と同じように参加したがっていたOBの彼を巻き込み、というかお互いに巻き込み合い、レンタカーは予算上厳しいから私が実家までシビックを借りに帰り、そこからの旅路です。

ちなみに今回私が借りた実家のシビックは既に10年、12万kmを軽く走り抜いている古参の車両です。この日のために、わざわざガソリンを満タンにし、タイヤの空気圧をチェックし、オイルを交換し、あまつさえ洗車までし、さらに差し入れを積み込み、さらにさらにその差し入れにネタまで仕込んでおいてくれた両親にひたすら感謝しつつ、まずはもう一人の彼を拾うべく3つ隣の市の駅へと車を走らせます。私の運転が心配なのか、何故か父が隣りに乗っています。その割にとんでもなく細い道を案内されたような気もしますが、そこはそれ、分かりやすい道ではありました。何より、右折を2回しかしなかったのが良い。

で、その市の駅でもう一人の彼を拾い、父と別れ、まずは京都まで。ここは地元民の地の利を活かし、彼に運転をしてもらいます。ちなみにこの彼は、現役時代に私と一緒になって先発やら中継ぎやらリリーフをしていた彼です(少し古い話ですが、2002年6月の記事を参照)。予算と安全を天秤にかけ、迷うことなく高速道路です。…のはずだったのですが。
「これ、どっち?」
「まっすぐ。」
「…違うやん!?」
そんなわけで、私が間違ったナビをかましてしまい、やむなく国道一号線を京都まで走り抜けます。京都市内は桜の盛り、円山公園の近所、東大路四条はなかなかの混み具合でした。

京都について現役生達と合流、そこで座席の足りなかった者2名を乗せ、京都南インターチェンジから一路、笠岡へ。ちなみに、普通に走っているのにパッシングされまくるのは京都の下道の基本です。さらに、やや難易度の高い形で通行券を取ることになってしまうのは私の基本です。時速80〜110kmで巡航、スピードが落ち着きません。各ジャンクションは、間違えることなく乗り越えることができました。

兵庫県の三木サービスエリアで彼と交替。ここから岡山県の吉備サービスエリアまでは私がナビゲータです。といっても、ジャンクションで進路を間違えないようにするだけですが。それにしても彼、前半と後半とで、運転能力の減衰っぷりが明らかやったな。

吉備サービスエリアで、お決まりの桃ソフトを食し、再び私がハンドルを握り、さらに笠岡まで一走り。一応料金所のおっちゃんとは問題なく料金の受け渡しができました。そして、普通は迷わないところで道を間違ってしまうというお決まりのオチを決めつつ、現場となる飛行場へ。着いた時点では雨でしたので、仕方なく車内で天候の回復を待つことに。

4月2日、早朝。
予想より早く雨が上がり、後輩達がいそいそと機体の組み上げにかかる中、OB達はといえば…。
「…寒い。」
そう、寒さに凍えておりました。私達の代では試飛は6月とかが普通だったものですから。ちなみに、集まったOB達のうち私の代は合計5名。うちノートパソコンを持ち込んだやつが2名、一眼レフを持ち込んだ者が3名、デジタルビデオカメラを持ち込んだ者が1名。
…類は友を呼ぶというか、お互い似たもの同士というか。

ここで問題が生じました。止むと踏んでいた風が逆に強くなってきたのです。どうするかちょっと悩んでいるうちに、ますます風が強くなり、迂闊に解体もできない状況に。皆が必死に機体を押さえる中、ひときわ強い風が吹き、フェアリング(コックピットのおおいのこと)を木っ端微塵にしていきました。数週間の苦労が消し飛ぶ様を写真に収めるOB達。

それからはそんな冗談をやっている暇もなく、トラックやバンを動かして風よけにし、OBも含めて総出で機体の解体。そういえば気を利かせてデジタルビデオカメラを定点観測カメラみたいに回しっぱなしにしてたな、別のOBの彼。

その日一日は風が収まらず、もう何にもすること無し。ある者はひたすら眠り、ある者は本を読み、ある者は風が強いのを良いことに凧揚げをし。

夕方には隣の市(というか、広島県)にある銭湯へ。道を間違えてありえないほど細い道を走ることになるのは基本です。

そして夜。昼間は持て余したものだから、飛行場の隣の町にある天文台に行こう、ということで一緒に来ていた彼と話がまとまり、一路、隣町、美星町にある天文台へ。この道は私がナビでしたが、ええ、また間違えましたとも、道。そして走りながら徐々にあることに気付いてくるわけです。
天文台→山の上。ってことは、そこに到る道→山道!?
崖と崖と急カーブ。まだ道が広かったのがせめてもの救い。
「お、星空街道に入った。」
「…取りあえず、自分たちが星にならないことを望むばかりだ。」

天文台は山の上、当然ながら周囲に光のないところに建っていました。この晩は月の光が明るく、下手したら人外の者に出会いそう。
駐車場には、車が一台置いてありました。ってことは、他にも来ている人がいるのでしょう。笑い声がしたときは若干身構えましたが、何のことはない、5、6人の子供たちとその親でした。そして、玄関であっさり「今日はもう閉館です。」と追い払われる私ら二人。滋賀から来たのに。
そして、駐車場に戻ると、さっきの車はもう去っていました。ということは、さっきの子供たちが乗ってきていたんですね。
「…でも、ダイハツのムーブにどうやってあんな人数乗るんだ?」
…では、やはりあれは人外の!?

取りあえず下りは私。ブレーキがイカレやしないか若干心配でした。

4月3日、早朝。
昨日とはうって変わって、完璧なコンディションの下、試験飛行が行われました。前日の風で機体が若干手負いになっていることを除いては、良いフライトでした。先人としてそれなりに注意もアドバイスもしたりしつつ、ひたすら写真を撮り、ビデオを撮るOB達。もはや我が子の運動会をカメラに収めるパパさん達のようです。そしてそこに現れる飛行場の管理者(一眼レフ、脚立持参)。
…類は友を呼ぶというか、みんな揃って重症というか。

ともあれ、良いフライトでした。良い写真も撮れたはず。というわけで、給油して帰途につきます。

高速道路はまあ普通だったのですが、京都の下道が絶望的でした。よりによって運転は私。割り込まれる押し込まれる。左折しようとしてるのに左から追い越す、前が詰まってるのにじりじり詰めてくる。前、トラック、対向、でかいトラック、左、路駐、左後方、詰め寄るBMW…、どうしろと。私は免許は京都で取ったのですが、この道は若干トラウマになりそうです。そういえば教官がこう教えてくださいました。
「運転に隙を見せるな。」
教習生にそんなこと教えて良いんですか。
そしてその教習所の車が私を追い抜いていきました。
「きっと、あの教官、こいつみたいにちんたら運転したらアカンとか言うてるぞ。」
「あんたに習ったんですよ!私は!!」
…ああ、もうあんな道、イヤ。サークルの工房からは彼に交替してもらいましたが、今度は道がひたすら渋滞しており、京都脱出に呆れるほど時間がかかってしまいました。流石、土曜、夜、桜、の三拍子なだけはあります。おかげで予定より2時間くらい遅れてしまいました。そして、行きの時と同じ駅で彼と別れ、今回は一人で実家まで。なお、やっぱり道を間違えるのは基本でございます。

そして、途中で親を乗せ、無事実家へ。もちろん疲れ切っているので、そのまま泊まりです。車の方も本当によく走ってくれましたが、私も相当よく走ったと思います。そして何より、良いテストフライトでした。で、日曜日は隣町で映画を見つつ、再び京都へ。

それにしても、傍から見たら変な光景なんだろうなぁ、親子で「イノセンス」ってのは。

[ ]

* 2004/4/10 (土) 【 】

「略君、セットアップできた?じゃ次はGaussianのインストールをやろう、これは難しいよ。まずこのコンピュータにつないでこれとこれとこれとこれとを取ってくる。」
打ち込まれるコマンド、流れる画面。
「で、これを展開して、まずpgifortranをインストールする。Gaussianのインストールは、正確に言うとコンパイル作業で、このfortranが必要。で、このファイルのここを書き換えて、このパッチをあてて…。」
打ち込まれるコマンド、流れる画面。
打ち込まれるコマンド、流れる画面。
打ち込まれるコマンド、流れる画面。
「できたかな、うんうん、できたできた。じゃ、もう1台は、略君が。」
「え?え〜と…。」
「…やっぱ無理か。」
「…まあ、できる限りのことは。」
…Linuxの主要なコマンドもろくに知らないのに、いきなりレアなコマンドを駆使する作業ですか。なんだか難易度が指数関数的に上がってきているような気がします。

ひたすらメカキャラな日々が続いています。私の両手は実験の仕方をまだ覚えていてくれているのでしょうか、若干不安な日々です。皆様いかがお過ごしでしょうか。私は、こんな日々の合間を縫って、4月6日から8日にかけて、研究室のメンバーと旅行に行っておりました。行き先は、先輩の実家です。ちなみに、7日に執り行われた入学式をサボタージュしての旅行です(註1)。

今回の旅行、目的地が先輩の実家と決まっているだけで、他に何処を観光しようとか、何を食べようとか、特にこれといった目標はなく、現地の状況に応じた旅をすることになっていました(註2)。そういった気の向くままの旅行には、もちろん自動車が適しています。かくして、最寄りのレンタカー屋で、いちばんリーズナブルな車を借りて、旅が始まります(註3)。

ここで、旅に出たメンバーの紹介をしておきましょう。
1.この企画の中心的発案者である先輩。ちなみに自動車の運転には1年ほどのブランクが。
2.この旅行の目的地が実家である先輩。ちなみに実家の軽を凹ませた経験あり。
3.同輩。ちなみに1年ほど前に免許を取得してからの運転経験無し(註4)。
4.そして、私。
…若干、いやむしろ相当無謀な旅行計画です。命の危険すら感じられる気がしてなりません。そんな不安を抱えつつ、出発。時刻は早朝です。

先程も述べましたが、今回の旅行は、目的地以外に確たる目標がありません。さしあたり目的地に着けばいいだけなら、高速道路で一気に行ってしまえばよいのですが、それでは面白味に欠けます (註5)。そんなわけで、ひたすら一般道を長野目指して走ります。私は寝不足であまり運転できるステータスではありませんでしたので、まずは先輩がハンドルを握ります。

国道1号から、8号、さらに別の道へと入り、取りあえず岐阜へ (註6)。途中でもう一人の先輩に運転を代わり、さらに私がハンドルを握ります。取りあえずきちんと中央線はあるけれども、そこそこ山の中で、微妙な交通量を誇る道 (註7)。

走り始めて気付いたのですが、この車、視点が想像より低くなり不思議な運転感覚です。また、ハンドルやブレーキの遊びが実家の車より相当小さく、慣れるまでが大変でした (註8)。

さらに再び1.の先輩に運転を交代し、やってまいりました、下呂温泉。真っ昼間からいきなり温泉です。公衆浴場で一風呂浴び、昼御飯も摂らずに再び移動です (註9)。

「…何処ですか?ここ (註10)?」
「飛騨古川。」
ひたすらに走って飛騨古川、ここで一旦下車し、街並みの観光とまいります。ここは古い街並みが保存されていて、なかなか趣のある光景です。水路には大量に鯉が飼われています。いくらか写真も撮ります。1.の先輩はデジカメのバッテリ切れ、2.の先輩はデジカメのメモリースティック忘れ、という驚愕のネタコンボを披露してくださいました (註11)。ここには造り酒屋が2件あり、それぞれ、良い香りがしていました。おみやげに、それぞれの酒屋で一本ずつ購入。さらにしばし街を見て回った後、再び出発です。

さて、出発するのはよいのですが、そろそろ今夜どうするか決めなくてはなりません。岐阜と長野の県境を越えて、翌日ゆっくり長野観光か、県境を越えずに、翌日景色を楽しみながら山道か。結局、後者にしようということになりました。そう決めてから、観光案内所で宿を探し、予約 (註12)。そして一路、その宿へ。途中、なんだか既視感に襲われましたが、それもそのはず、以前来たことのある道を走っていました。そういえばそのガソリンスタンドで給油した記憶もあるし、そのコンビニに買い出しに来たこともある。その場所とは「飛騨エアパーク」の近所。サークルで度々テストフライトに来ていたところです (註13)。その近所の民宿に、この日は泊めてもらいました。

宿は、他のお客のガラが若干良くなかったことを除けば、なかなか良いところでした。料理は、とても駆け込み予約とは思えないほど立派なものをたらふく食べさせていただきました。ありがとうございます。そしてその日は、残り時間をずーっとトランプに費やし (註14)、就寝。

翌日。
例のお客は、早朝から数台のバンに分乗し、トラックで運ばれてきたリンゴをそれぞれ積み込み、バラバラな方向に散っていきました。何だったのでしょう?本日はいよいよ山を越え、長野に入ります。

この辺りはまだ周囲にしっかりと雪が残っているんですね。流石に道には雪はありませんでしたが、路肩には見事に積もったまま、雪捨て場と思われる広場には小高い雪山が。景色を楽しもうと思っていたのに、峠道は除雪前だとかで走ることができませんでした (註15)。仕方がないのでトンネルを通って山を越え、長野県へ。さらに林道が通行止めだったため (註16)、若干の遠回りをし、山道を通って、白骨温泉へ。中央線がなく、片側が崖、反対側が谷、曲がりくねった細い道です。運転はよりによって3.の彼です。メンバー全員の緊張が高まります。車体感覚が若干ずれており、左側ギリギリの走行。何度も発せられる警戒の言葉。
「近い近い近い!」
「ちょっと!こっち側いっぱいいっぱいなんだわ、もう少し真ん中走って!」
所々の下り坂では、助手席に座る1.の先輩がシフトレバーを握り、エンジンブレーキをかける始末。何とか無事に、白骨温泉に到着です (註17)。

白骨温泉は、私が今まで入った中で、いちばん温泉っぽいというか、ものすごい硫黄臭と、真っ白なお湯でした。おまけに露天風呂。効能はいわゆる一般的なものが書かれていて、湯船からでると若干寒かったりもしたのですが、他のお客も少なく、ゆっくりと身体を伸ばさせていただきました。ゆっくりくつろいだあとは、もと来た道を戻ります。何故か私が運転です (註18)。所々で車を止め、風景写真を撮りながら、再び太い道に出、長野市内方面に進路を取ります。途中でアーチ式の揚水発電ダム (註19) を通り、そこにあった「テプコ館」という、ダムの説明をしている展示館に立ち寄ります。東京電力らしく、でんこちゃんが出迎え、案内のお姉さんもおり、館内にはいろんな体験型の施設があるのですが…、あるのですが、立地条件的に実際のところどうなんだ、という感じでした。実際のダムや発電所の見学が一日に数回行われており、面白そうなことは面白そうなのですが。

途中、立ち寄った店で蕎麦を食します。きっちりした、美味しいお蕎麦でした。もう一度食べてみたい感じの。さて、さらに走り、次は「大王わさび農場」です。取りあえずここではわさびの写真を撮り、「わさびソフト」なるものを食します。
…食したのですが、ちょっとわさびの香りがするくらいの、緑色のソフトクリームでした。べらぼうに辛かったりしたら面白かったのですが (註20)。

その後は、さらにまた走ります。止せばいいのに、野沢温泉まで。着いたときは、既に日が暮れかかっていました。近所の親切おばちゃんに道案内されたりしつつ、ここの公衆浴場で一風呂浴びます (註21)。

あとは一路、先輩の実家を目指します。日も暮れ、雨も降ってきて、何処にどう線が引いてあるかよく見えない道をひた走ります。途中で先輩がたまに行くラーメン屋によって夕食を摂り、先輩の高校、中学の前を通って、実家へ。夜の10時頃にも関わらず、家族で出迎えてくださいました。そこでビールをいただき、先輩の弟を巻き込んでやっぱりトランプをし、就寝。

最終日。
起きたら2.の先輩と3.の彼は既にダイニングでくつろいでいました。1時間ほど前に起きて、車の運転の練習をしてきたそうで。起き出してきた1.の先輩も交えて朝食をいただき、あわただしく出発準備をして、出発。あまりゆっくりもせず、大してお話もできず、本当に場所だけ借りた感じになってしまいましたが、ありがとうございました (註22)。

さて、今日は帰り、ひたすら京都を目指します。といいつつ途中で諏訪湖に立ち寄り、間欠泉を観光し、近所にある足湯に浸かってみたりなどします。間欠泉は、吹き上げてませんでした。足湯は、先輩がズボンの裾を上げずに入ってしまうという奇跡のボケをかましてくださいました。しかも両足 (註23)。

昼食をその近所で摂った後、高速道路に乗り、ひたすら走ります。行きは一般道でゆっくりとやってきましたが、帰りはレンタカーを返す時刻の都合上、若干急ぐことになります。皆さん流石にお疲れで、ドライバー以外は眠っている状態です。

で、途中で私に運転を交代し、さらに京都を目指します。中央自動車道の恵那PAから名神高速道路の大津SAまで。個人的に連続運転時間および距離の新記録です。本当は養老SAで交代したかったのですが、皆さんお休みでしたので。そこそこの数の車を抜き、それよりもはるかに多い数の車に抜かれながら、大津SAへ (註24)。そして、2.の先輩に運転を交代し、京都市内を走り抜け、荷物の都合上先輩方を先に降ろし、ラストの給油とレンタカー屋までの道のりを私が担当 (註25)。無事に返却した後、近所のレストランで夕食を摂り、解散。

以上、今回の旅についてまとめますと次のようになります。
1日目
爆走→温泉→走行→うどん→爆走→観光→爆走→民宿

2日目
山道爆走→温泉→山道爆走→観光→走行→蕎麦→走行→観光→爆走→温泉→雨天夜間爆走→ラーメン→先輩の実家

3日目
高速走行→観光、温泉、うどん→高速爆走→帰還

なかなか良い旅でした (註26)。

それにしても、タオルから白骨温泉の匂いが取れません。現在下宿に白骨の香りが漂っています。

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註1. ちなみに、入学式は全学まとめて執り行われる、本当の「式」で、学生証がもらえるわけでも、書類が渡されるわけでもなく、実務的な意味が全くない。しいて言えば、学長の話と、大学の学歌を聴く機会がそれぞれ1回ずつあるくらいである。
註2. つまり、気ままなぶらり旅と言える。よく言えば臨機応変。悪く言えば建設的な逃げ。
註3. 車種は、MAZDAのDEMIO。4ATで、従来通りサイドブレーキ、シフトレバーが運転席の横にあり、排出ガス規制は2つ星、と、テクノロジー的にはいまいちパッとしないものの、堅実な車である。個人的には、デザインは昔のやつの方が好きだったのだが…。
註4. つまり、助手席にもブレーキペダルがある車しか運転したことがない。
註5. 第一、予算がかかりすぎる。
註6. この辺りは特に見る景色もなく、適当にカーラジオで地元局を聴く程度であった。
「次は、今日の学校給食情報です。えーと、今日は春休みですので、学校給食はお休みです。保育園は…」
…流石地元局というのか、そんなんで予算、大丈夫なのか?
註7. つまり、地元民が高速走行する道である。後ろにだいぶ車を溜めてしまった。
註8. しばらくの間、走りがギクギクしていたのは否定できない。
註9. 昼御飯は、このあと、本当に山の中の「道の駅」で食べた。
註10. 後部座席だと、問答無用で眠ってしまう癖がある。せっかくの景色が。
註11. デジカメ、デジカメ、携帯、一眼レフ。誰がどのカメラを持っていたかは、おそらく言うまでもなくお判りのことと思う。
註12. 予約というか、駆け込みである。
註13. 2002年6月の記事参照。
註14. やっていたのは、定番「大富豪」。いや、相当負けてカード配りばっかりやってましたけど。
註15. ちなみに、雪山で行き止まりにしてありました。「あれが融けたら、通っても良いってことなんだろう。」とは2.の先輩の言葉。
註16. ここは、きちんとバーで行き止まりにしてあった。
註17. 全員が疲労していたことは言うまでもない。
註18. 確認のために言っておくが、3.の彼よりは安全な運転だった。
註19. 「奈川渡ダム」というダムだったはず。
註20. もちろん、そんなものでは商売としてやっていけないが。
註21. ここのは本当に「公衆浴場」で、番頭さんもいなければ、コインロッカーもない。そして本当に、無料。脱衣所風呂一体型の浴場である。用はその町の各区で管理をしていて、夕方には普通にみんなで入りに来る感じ。自宅のお風呂が外にあるみたいな。そして私達の周囲で飛び交う地元トーク。流石温泉街、若干うらやましい。…ただ、お湯は若干熱すぎた。
註22. こちらは特に意識しなかったが、京大生が4人やってくる、というシチュエーションはよく考えたらあまりないであろう。出迎えた方の感想は「思っていたよりも普通だった」というものだったそうで。
…どんな人種を想像されていたのですか。
註23. おかげで他の観光客の方々と話が弾んだ。
註24. ちなみに私の運転は、結構車線変更が激しく、わりとアグレッシヴに見えたらしい。これには訳がある。高速道路の走行車線は80km/h程度で流れることが多く、追い越し車線は基本的に120km/hかそれ以上の速度で流れる。普段からそうなのだが、私にとって120km/hでの走行は若干処理能力の限界を超えるため、追い越し車線に乗りっぱなしと言うわけには行かない。しかし80km/hでは到着時刻に遅れがでてしまう。結果、基本的に100km/hで巡航することになる。で、こんな速度で流れる車線がないため、必然的に車線変更が多くなる。…のだが、最後の方、若干危なかったな。結局、巡航速度は80〜120km/h、安定しなかった。
それとは別に、私は運転中、処理中の運転情報を口に出す癖がある。意識的にやってるならそれはうっかりミスを無くすためのよい手段なのだが、私の場合は、はたして。
「考えてることが分かって、安心でしょ?」
「いや、テンパってるのが分かって、怖い。」
…そうですか、テンパってますか、私は。まあ、確かに
「やべっ!ハイビームライフだ!逃げな逃げな!」
とか言ってた記憶はある。笑われたな。ちなみに、意識的にやるといっても、自動車で熱血指さし確認は片手運転になるので危険である。
註25. 今回の旅で一番緊張した。流石京都市内。
註26. 温泉だらけで、年寄りかおまえらは、というツッコミは拒否させていただく。

* 2004/4/21 (水) 【 】

執筆者:敬称略(オンライン)
状態:執筆待ち原稿 2
執筆品質:可能な限り(デフォルト)
推敲によるネタの選別:いいえ
推敲による文章の圧縮:いいえ
文章表現のチェック:はい(レベル1)
誤字脱字校正:はい(レベル3)
他の言語による執筆:サポートされていませ...

申し訳ありません、現在、原稿執筆作業が遅れています。どのくらい遅れているかというと、約2週間ほど?忘れた頃にアップロードされる記事があるかも知れません。

何故こんなに遅れているかと言いますと、単に執筆する時間が工面できていない、その一点に尽きます。もう少し正確に言いますと、執筆できる精神状態と時間の工面ができていない、といった感じでしょうか。どんな状況の日々を送っていたのかは今後書かれる記事でその一端が明らかになることと思いますが、とにかく忙しかった。朝来て、夜帰るというまっとうな生活パターンながら、日曜日のAM2:00まで研究室に残らなければならないほどの忙しさ。当然の如く、うちに戻って一つため息をつけば次の瞬間には日が高く昇っている(つまり、意識が飛んでる)という有様。今、ようやく通常運転に戻ってきた感じです。遅れが解消されるまで、今しばらくお待ちを。

「どう?略君、できた?」
「え?えーと、どうも上手く走らない感じなんですけど…」
「うー?うんうんうん、ファイルのオーナーが違うね。これはこうしたらいいけど、こっちの方は最初からやり直しやね」
「あ〜。はい」
 ええ、やっぱり一人ではできませんでした。先生にちょくちょく直してもらいつつ、どうにかGaussianのコンパイル作業。自分のノートパソコンを横に置き、やったことと打ち込まれた呪文をメモしながらの作業です。2枚の画面を見比べつつ、2枚のキーボードを操る姿はさぞかしメカキャラに見えたことでしょう。だから写真を撮るな。

そんな感じで、研究室ではコンピュータ周りでの苦労に襲いかかられている感じ(一応他の仕事もきちんとやってます)ですが、下宿においてあるコンピュータの調子も最近微妙になってきました。大体2週間に1度くらい、起動途中で訳もなく再起動→SafeModeというコンボが入ります。その都度スキャンをかけてみるのですが、3回くらいやり直した末に、「エラーは見つかりませんでした」と返してくる始末。今のところそうなる度にデスクトップの整理をやり直さねばならない程度で、大きな実害はでていないのですが、何となく不安。2,3日前はCMOSが吹っ飛びました。デフォルト値のロードで事なきを得ましたが、どうなんでしょう。この機体も使い始めて5年目です。その間OSの再インストールを1回もしていない、というのは若干奇跡的な気もします。ウイルスか、ソフトウェア的な問題か、ハードウェアの限界か…、どれもあり得るのが微妙なところです。取りあえず今のところは、来るべき時に備えてバックアップを取っておくことくらいしかできませんが。

「あー、略君。やっぱり駄目だった。あれだと期限が切れると動かなくなる。他のコンパイラを使えばいいんやけど、それにはそれ用にパッチをあててやる必要がある。パッチファイル、書ける?」
「…いや〜、無理でしょう?」
「だよなぁ。まぁ、もう少し勉強しといて」

…もっと本業の勉強をすべきだと思うのですが、私は。

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* 2004/4/25 (日) 【 】

今からちょうど2週間前の話になるでしょうか。Netatic Meeting がぐるちょ亭において執り行われました。年度始めとなる、キリの良いタイミングでの開催です。この時期は新入生歓迎などで飲み会の機会が多く、飲み会ラッシュをさらに倍加させるタイミングでの開催となっています。

今回のNTM参加者は、AI氏、ぐるちょ氏、d.d.氏、Sergeant_F氏、そして私こと敬称略の合計5名です。各人の予定を掠めるように開催したおかげで、日曜開催という次の一週間にダメージを引きずりがちなタイミングとなってしまいました。

さて、その前の一週間からダメージを引きずりがちだった私は、いきなり1時間ほど遅刻しての登場です。もちろん部屋の中に入れてもらうことなく、買い出しです。

今回のNTM、割と以前から開催することは決定されていたのですが、テーマについては全く検討がなされていませんでした。ここ数回のNTMに共通の傾向です。取りあえずテーマは後で考えることにして、普通に昼御飯の買い出しです。

…いたって静かにNTMが開始されました。取りあえずお酒を飲みつつお昼御飯。いきなりアグレッシヴな方向に流れ出さなかったのは歳月の為せる技でしょうか。お酒もおとなしかったし…、というのは訂正させていただきます。AI氏が持ち込んだアグレッシヴなお酒がありました、確かPERNODというやつだったでしょうか、もう一本、これは本当によいブランデーが持ち込まれておりまして、それと名前が混同しているかも知れません。で、このお酒、とにかく、香りがヘン。ヘンといったら好きな人に怒られますが、薬臭いというか、いわゆる薬草を仕込んだようなやつです。水で割ってアルコール濃度を下げると、溶解している成分が析出してくるという化学系大喜びのパフォーマンス。口当たりは想像以上に普通、後味はヘン、口の中に残る、固形分で一面にコートされた感触、そしてあの香り。コップに放り込まれたぐるちょ氏のFOMAカードは無事に動いているのでしょうか、それとも未だに薫っているのでしょうか。それとは別に、メーカーは伏せますが、アセロラ&レモン味のチューハイをいただきました。アセロラ単体だったときに「何処にも届かない味」としてnt-p.netのメンバーにウケたお酒ですが、レモンを加えてそのリベンジを期したこのお酒は、「さらに何処にも届かない味」としてウケる結果になってしまいました。ある意味、届いているのかも知れません。

その後、順調に酒量を増やしつつ、おしゃべりなどしたり、ゲームなどしたりして適当に過ごします。集まったメンバーの分野が、それぞれ微妙に違い、分かるけれども範囲外、という話が聞けるのはなかなか楽しい感じです。研究室のメンバーで話すと、どうしても同じ内容になり、文系と理系ぐらいに分野が離れると、今度は話が全然かみ合わない、そういった意味で、なかなか良いバランスです。d.d.氏は相変わらず二宮教授を走らせるのがお得意でした。私はちょっとkudryavkaさんを飛ばしてみたのですが、ぐるちょ亭のコンピュータのスペックに敗れ去りました。幾ら負荷を減らす設定にしてあるとは言え、Pentium500MHzの機体で飛び慣れている反射神経には無理がありすぎたようです。普通に難易度Normalで飛び切るぐるちょ氏に目から鱗です。そういえば、ぐるちょ亭のコンピュータは時間の流れと共に更新が行われていて、今回はディスプレイが液晶になっていました。最近の液晶ディスプレイはきれいなものです。思わず欲しくなってしまうのが困ったところです。まあ、私の場合5年目に入った本体の方を気にしないといけないのでしょうが。…部品の耐用年数って、そろそろな感じですかね?日常業務にはまだ支障がないので、頑張らせたいところではあるのですが。

さて、NTMなのに料理を作らずに終わってしまうわけにはいかない、ということで、夕飯の内容を考えます。どういう思考プロセスを経たのかは忘れましたが、「あさり&筍御飯」にメニューが決定され、再び買い出しです。日曜日の、昼下がりを過ぎたけれども夕刻には少し早い時間に酔っぱらい5人がスーパーへ、傍から見たら変な光景だったでしょうか。料理の材料と、追加のお酒が買い込まれます。

筍御飯の製作自体には、私は全くタッチしませんでした。具が多いとか、米を適当に追加とか、さらに水を適当に追加とか、炊飯器のキャパシティがとか、そんな会話は交わされていたような気がします。

買い込んだ素材の量と、適当な分量感覚で、スケールの大きい料理もラクラク開発。
…「具沢山あさり&筍御飯」の開発が終了しました…

具沢山あさり&筍御飯【ぐだくさん−あんどたけのこごはん】
 具の量がやや多いあさりと筍の炊き込み御飯。用意する具材の量がやたら多いために生成する。これでも米の量を比較的追加した方であり、米と筍、あさりのバランスがさらに崩れると「具沢山あさり&筍」となってしまう。それはそれで美味しいのかも知れないが…?

出てきた筍御飯は、筍がやたらと大きめな上にあさりが殻付きであることを除けばいたって普通の、美味しい作品でした。除かねばならない内容がやや厳しい気もしますが、まあ、それはそれ。その後、適当に食べて、飲んで、余った物を次々と備品、戦利品に分類し、適当なタイミングを見計らって、撤収。

そういえば洗い物をした記憶がないのは、気のせいでしょうか。部屋のプレートを逆さにする方法は見つけだされたのですが、速攻で訂正されてしまいました、ちっ。

で、なんで「調製豆乳」が私のバッグに入っているんでしょう?

[ ]

久しぶりの迷変換

具材の量が -> ξの凌駕
いきなり学術的な話にダイブしています。いえ、まあ、料理も学術の一環なのですが。

* 2004/4/29 (木) 【 】

私の両手は…
実験の仕方を忘れていました。

さて、4月の半ば頃、研究室に新しいメンバーが加わりました。要は4回生が配属されてきたわけです。去年の私のような立場ですね、彼らは今どんな思いでいるのでしょう。私の方は、いまいち違和感が抜けませんが。皆さんいかがお過ごしでしょうか。この春から環境が変わられた方も多いかと思います。入っていく側も、入ってこられる側も、出ていった側も、出ていかれた側も、それぞれがぞれぞれに環境の変化を感じているわけですね、それがストレスかどうかは別にして。まあ落ち着いた状態になるまでのいろんな疲れはあると思います。あと2日頑張って。そうしたら堂々と「五月病」を宣言することができます。

さて、従来のメカキャラ仕事に加え、その配属された学生にまつわるいろんな用事にも襲いかかられています。自分の研究が若干滞り気味です。しかしながら、ここは一応、なんというか、かりそめにも先輩ですよ?「先輩」って呼ばれるんですよ?このアタシが。これか、違和感の原因は。今まで「先輩」って呼ばれるときは、何か罠が仕掛けられている時って相場が決まってましたからね。まあそういう関係を良しとして今まで暮らしてきた訳で、そのおかげで今の私の、いわば年齢なんぞ気にせずにボケツッコミし合う人間関係がある訳なんですけど。

さて、その新4回生です。まずは配属が決まって研究室に初めてやってきたその日に飲み会。配属された学生に対して、初めて研究室に来てもらうときのアナウンスで何時に何処に集まれと書くのは普通ですが、
『なお、この日はバイク、自動車による来訪は控えてください』
という、文面がおとなしい割に内容が雄弁な但し書きは若干どうかと思います。ちなみに配属されてきた学生は4人。研究室の上回生は、この春から教授についてこっちの部屋にやってきた彼を含めて5人。ここまでは普通です。ここからが若干普通ではなくて、まず、その4人の中に今いるメンバーの誰よりも年上な人がいます。そして、よその研究室の学生2人もこの研究室で一緒に研究することになってます。結局、上回生5人に対し、新4回生が6人。これがそのまま社会なら、私達は年金がいっぱいもらえる世代。正直な話、指導しきれる自信が全くありません。そんな、急に規模が大きくなった研究室の面々で、まずは飲み会です。準備も今までの倍。
「あ、先輩、どうぞ」
「え?あ!?私か!?」
…自覚が全くありません。
「お、注いだな、彼には気を付けなや、大酒呑みのうわばみやで」
「は?何がですか?」
「いやいや、彼は今まで、崩れたことがない。いっぺん潰してみたいんや」
…いつの間に私が大酒呑みキャラなのですか、教授。しかも何気にロックオンかかってるし。

飲み会が終わり、週末を挟み、今度は新4回生に対する実験指導です。これが大変でして、何せ6人分ですから。
「基質(材料のこと)が足りない」
というところから始まるわけです。指定期日までに約束の物を約束の数だけ合成、しかもその材料集めから。こんなゲームがあったような気がします。実験指導が始まる前に基質の合成を済ませてしまわねばならない、しかし試薬の到着は若干遅れた、おまけに飲み会挟んだ。そんなわけで土曜日に今までやってきた中で最大規模の反応装置を組み、合成です。久しぶりの実験なのにとんでもないスケール、使う薬品はいきなり毒物、反応では塩化水素ガスが発生します。ドラフト(排気装置の付いた実験台のこと)でやってもむせる反応。久しぶりで上手く動かない両手。ふるえる薬匙。痛ててて、なんで手袋してるのに痛いんですか、この試薬は。ではなくて、なんで手に付くほど下手なんですか。消費されるゴム手袋。一操作に一セットぐらい使ってたな。そうやってテンパってる横でいきなり実験台に据え付けてある格子を叩き始める教授。
「いや、新4回生が使い始める前にこのみすぼらしいの直そうと思って、部品届いたし」
…そんなの単なる好き嫌いの問題だと思います。で、分解するだけ分解して帰らないでくださいよ。あああ、また事務い仕事が増えた。

そんなわけで、その土曜日は反応が夜に終わり、実験台の組み直しで夜中を若干過ぎ、帰宅して一つ溜息吐いた瞬間に意識が落ち、気が付いたら朝日がまぶしかったというオチ。翌週から始まった実験指導も、なかなか大変でした。久しぶりの自分が、人に教えながら、という2つのファクターを見落としていたがために、盛大に時間オーバーする実験。新4回生の危なっかしい初々しい手つき。1人、もしくは2人、それぞれ2日ずつの指導を4回。自分のことをやる暇は正直ありませんでした。ある回では生成物と要らない物を分離する操作で生成物の方を捨ててしまうという奇跡を起こす4回生、別の回ではNMR(サンプルの同定作業)を取り忘れたまま中間サンプルを廃棄するという奇跡のボケで対抗する私。
…いや、どっちも私の責任なんですけど。

そんなこんなの2週間がようやく終わりを告げようとしています。とは言え、これからが本番、というのが正直なところでしょうなぁ。何はともあれ、にぎやかになることだけは確かなようです。楽しみとも言いますが、疲れるとも言います。

「略君。ダメだ、Red Hat 9 ではどうも不具合がでるらしい。Red Hat 8 を再インストールしといて欲しいんだけど」
…あああ、またメカキャラい仕事が。

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