Soliloquy

【 2004/9 】

* (9/15)
* (9/25)

* 2004/9/15 (水) 【 】

さて、月が変わり9月になりました。ひところに比べれば暑さもだいぶましになってきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。私はいまだに夏のダメージから脱し切れていません。

今から確か一週間ほど前ですか、ソングダーの襲来がありましたね、と言っても「ソングダー?」とおっしゃる方が大半だと思いますので、一応解説しておきますと、「ソングダー=台風18号」です。いつのころからか知りませんが、アジア地域で発生する台風にも米国などがやっているみたいにそれぞれ固有の名前を付けるようになったそうです。名前はアジア各国が持ち回りで付けるのだとか。ちなみに台風17号は「チャバ」という名だったそうです。どういうネーミングルールなのか、規則性のかけらも感じられません。

それにしても、チャバ襲来、地震、地震、さらに地震、ソングダー襲来、と、気象庁大忙しな数日でした。私達には自然を意のままに操る力などありませんから、これらの自然現象の影響を時に受け止め、時にかわし、時に受け流しして日々の暮らしを送ることになります。一連の災害の犠牲になられた方、被害を受けられた方に遺憾と哀悼の意を。

地震は突然やってきますから、日々備えをしておくしか手がありません。かく言う私は、非常食セットがあるくらいなのですが。一方、台風は一週間ほど前から徐々に盛り上がってきますので、個々のそれに合わせた対策が可能となります。

チャバの場合は、簡単でした。夜中に襲来と言うことでしたので、いつもより早めに切り上げて撤収。これのみです。後は下宿の葦簾をあらかじめ外していつもどおりに就寝すれば、暴風域も夢の中、実生活には何のダメージもありません。翌日の通学時に通りがやや散らかっているのを見るくらいですかね。へし折れている看板とかありましたけれど。

しかし、問題はソングダーです。あろうことか、日中にやってきました。そして夕方から宵にかけてが暴風の極大。つまり、帰りの時間と重なるということです。この状況への対応は、普段の研究室生活、当日の状況などによって、個々人に差が見られます。

午後5時半ごろ、徐々に強まる風の中、助教授が真っ先に撤収。
暴風雨の極大。
夜8時から9時の間、先輩が風雨の一瞬の隙をついて撤収。
助手の先生は何事も無いかのようにいつもどおり撤収。
教授は車通勤なのでノーダメージ。
そしてソングダーが十分遠ざかった午前0時ころから2時ごろにかけ、残りの学生が順次撤収。

さて、この中で一人だけ、大雨に叩かれた人がいます。誰でしょう?

…まあ、言うまでも無く私なのですが。前の人が帰ってから15分後、ラストの人が帰る30分前、最後から2番目に帰った私が、私だけが、なぜかピンポイントでソングダーの尻尾に引っかかってしまいました。

建物から外に出たところで、ぱらぱらと。
そこからしばらく歩いて、屋根の無いところに出たあたりで、ばらばらと。
3歩ほどダッシュして屋根の下に駆け戻ります。傘さして帰るにはやや強い調子で降る雨。
普通の人ならここで引き返すことを考えます。しかしながら私、かつてやまのぼらーだった身、その程度の準備がなされていないわけがありません。
カッパ (GORE-TEX、弟の私物) 着用。
鞄にビニール袋 (45L) 着用。
どうですこの準備。靴は若干仕方が無いけれども、これならほぼノーダメージ、とばかりに再び外へ。

…綿密な対策など叩き潰す勢いで降ってきました。
ちょっ?何これ!?いやちょっと…痛い痛い痛い痛い!!

あっという間に靴は死亡。カッパも地味に撥水しきれていません。しかしながらここまで来て戻るのは癪と言うもの。意を決して駐輪場に向かい、おそらく気が利くけれど私の意図を読めなかった親切な人がいたのでしょう、この日の暴風を想定してあらかじめ倒してあったのになぜか反対向きに倒れている自転車を起こし、ライトを点け、丘を下ります。

雨はその勢いをさらに増して降ってきました。
いやだから痛い痛い痛いってあーもう!神は我を嘉し賜う!! (意訳:ネタの神様は私にネタをお授けくださったー!!)

もはや後悔しているのか何なのか。研究室に戻って一夜を明かしてもそれはそれでネタになるからこんなこと別にしなくてもよかったとか、仕込んでおいたネタがこれ以上ない形で生きたとか、ネタのことしか考えていなかったような気もしますがおそらく気のせいでしょう、いちいち記憶してられる状況ではありませんでしたし。そして今しがた湖から上がってきたかのような状態で下宿に到着。で、戻ったその瞬間から勢いを弱める雨。

もちろんひとしきり笑われましたとも、次の日。

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* 2004/9/25 (土) 【 】

松島や
ああ、松島やっ!
ま〜つ〜し〜ま〜ぁ!!

仙台まで来ておきながら松島に行き損ねた敬称略、詠

ここまで来ておきながら日本三景といわれる松島を見逃したのは地味に惜しかったような気がします。まあ、もっと年をとってからもう一度来ることにしましょう。9月の23日から25日にかけて、学会に行ってまいりました。とはいっても、同じ研究室のメンバーの発表を見守るという、地味に寂しい役であります。場所は東北、仙台。地味に暑さの残る京都からの脱出です。

しかし、いかに学会と言う大義名分の下での京都脱出とはいえ、予算がかかります。今回はこの大義名分のおかげで、事務から相当の額の予算が下りるそうなのですが、それでも節約はしたいもの、できればなるべく足を出さずに済ませたいものです。そんなわけで「行き帰りの予算を節約し、現地で豪飲豪食」という、まるで大学生の旅行のようなプランが組まれます。現地では4人相部屋、朝食つきのペンションに宿泊します。これで滞在費はだいぶ押さえ込めます。問題は行き帰りの交通手段。飛行機は気象条件に左右されやすいため却下、新幹線は確実簡単だが高価い、却下、フェリーは時間がかかりすぎて問題外。では?

プラン1:レンタカーで爆走800km (片道)
…教授にすさまじい勢いで却下されました。確かに、ただの旅行ならともかく、こんな状況で事故でもしたら関係各方面に累が及びます (特に真っ先に教授に)。止むをえません。

プラン2:夜行バス
結局この案が採用されました。前夜から出発し、車内で一泊、起きれば現地、という、プラン上はなかなかいい感じに聞こえる案です。しかし、この案に決定されたのが出発の僅か1週間ほど前、折しも23日は祝日のため22日の夜行バスのチケット取得はなかなか厳しい状況に陥りました。

さて、出立の日。
「…その格好で来たの?」
「明日、特に着替える場所がないんでしょう?」
 集合した4人のうち、私だけがスーツ姿という臨戦態勢。いや、さすがに上とかネクタイとかはしてませんでしたが。残りの3人は特に気にするでもなく私服でした。地味に私だけが浮いてしまいます。学会なのに眼鏡を忘れたとかいう先輩と共に、夜行バスの乗車場に向かいます。

「21時15分発、山形行き、山形交通、アルカディア号ご乗車のお客様、ただいま乗車の…」
 …山形?と思われた方。そうです、山形に私たちは向かったのです。仙台行きのバスが取れなくて。くじ引きで決めた席は3列のうちの中央、景色もまったくなく山形までひたすら運ばれます。私曰く、まるで貨物扱い、先輩曰く、まるで拉致。椅子は相当倒れるのですが、エンジン音、振動等あり、なかなか深く眠るというわけには行きません。とはいえ、ほとんど椅子を倒さずに眠った私の姿は地味にウケがよかったようです。もう一人の先輩は前の席の人に椅子をフルフラットまで倒され、寝苦しかったとか。しかし、いかに暑いし暗いからといって、ズボンを下ろすのはどうかと思います。翌朝地味に衝撃でした。

さて、山形です。仙台は山向こうです。仕方がないのでここからJR仙山線に乗り込み、仙台を目指します。チケットを買い、改札を通り、車内で発車までの暫しの時を過ごします。
「…携帯忘れた。」
…おいこら。ここで同輩が夜行バスの車内に携帯電話を忘れてきたことが判明。発車は間もなく。
「…じゃ、後から追いかけます。」
そんなわけで、彼は一人、列車を降りていきました。

車内では睡眠、気がつけば仙台。バスに乗って追いかけてきた同輩と合流し、結局先に宿のほうに荷物を置きに行き、そこで着替えて学会 (1日目) へと向かいます。初めからスーツ着てた意味なし。
先輩:「あ、眼鏡あったわ。」
同輩:「…ネクタイ忘れた。」
あったんかい、そして忘れたんかい!
 どうして私の周りにはこういうハプニングが付きまとうのでしょう。その後、会場へ行き、つつがなくポスター発表、私は見守るのみ。他の発表を見て回ったりなどします。私が興味を抱いたポスターの前にはどこかの先生がいらっしゃって、発表者をバトり倒しておられました、小一時間ほど。

その日の夕飯は、仙台名物、牛タンです。豪飲豪食のコンセプトどおり、きっちりと堪能します。なかなか、普通食べるような薄いやつではなくて、分厚く、歯ごたえがしっかりしていて、美味しい感じでした。その日はそのまま宿に向かい、就寝。

学会 (2日目)
同輩:「あ、ネクタイあった、ポケットに入ってた。」
…あったんかい。この人たちは。
 さて、2日目です。今日も研究室のメンバの発表を見守りがてら、興味を持ったポスターを見学に行きなどします。私が興味を抱いたポスターの前には昨日バトり倒されてた人がいて、発表者をバトり倒しておられました。大体同じような研究をしていると、どこで発表があってもその人に出会うことになる、というのが学会の面白いところでありまして、この仙台の地にも、京都からの知り合いが何名か来ておりました。それって普段京都で話聞けばいいだけなのでは?というような気もしますが、それはそれ。一まとまりになった話を聴ける機会はなかなか貴重なものです。他の地域の人にも出会えますし。

さて、発表が一段楽したところで、先輩方は先に抜け出して観光に向かわれました。行き先は松島。私は公演を聴くためにやむを得ず松島をあきらめます。その代わりに、同輩と近所にあった「メディアテーク」とか言う建物に入りました。芸術関連の公共施設だったようです。モダンアートな売り物が並べられている1階だけをスーツ姿の二人でうろつきます。そしてその後、松島帰りの先輩、なぜか松島で出会った同じ大学の別の研究室の人たちと共に、夕食。なぜか白木屋です。中身は非常に普通の宴会です。ご当地のものなど何もありません。割と盛り上がった後、翌日に備え、宿に戻ります。別の研究室の方々は向かいの宿でした。妙に世界の狭さを感じるのは気のせいでしょうか?ちなみに反対側の宿には三重県から来たとか言う宣教師団がいてやや危ない感じでした。勧誘もされましたし。

そして学会 (3日目)
 最終日です。宿のチェックアウトを済ませ、荷物一式を持って学会へ。クロークに荷物を預け、ポスター発表。学食での昼食を挟んで、口頭発表に聴き入ります。学食はうちの大学の生協食堂とまったく変わりありませんでした。レシートの表示すらも。で、午後の口頭発表、私が興味を持った口頭発表は規定の質問時間を超えてバトり倒され、司会が止めに入ってました。なんか、興味を持った話に限ってバトり倒されていることをかんがみると、私の感覚はずれているんですかねぇ。化学者のタマゴとして若干不安になります。

学会も終了すると、後は帰るのみ。荷物を持ったまま、着替えることもなく仙台駅へ。先輩方はトイレの中とかで無理やり着替えてました。そして、ここで東京に寄って帰る先輩一人と別れ、夕食とお土産を求めて駅のショッピングセンターをうろつきます。研究室と家族に幾らか、ひねりも何もないものを購入、発送。夕飯はそこにあったラーメン屋、ご当地風味まるでなし。食後のデザートにその隣の店にあったずんだもち、ご当地風味、破壊力抜群。

…いや、重かったんです。誤解を恐れず単純に表現するなら、枝豆あんこ。その中に団子が埋もれている、と言う感じでしょうか。枝豆の風味ながらも、ものすごく甘い、と言うやつ。ラーメンの直後には堪えました。

で、駅から少し離れたところにあるバスターミナルから京都行きの夜行バスに乗り込み、行きと同じく貨物扱いで運ばれます。私の後ろの席は異邦人の方で、非常に椅子が倒しにくうございました。行きに比べ、やや揺れる、寝苦しい、そして京都には午前6時到着。降り立っても何もできません、ご飯すら。仕方ないのでそのまま帰宅、バスの中で眠れなかった分就寝。

以上、今回の旅についてまとめますと、次のようになります。
1日目: 荷物扱い→山越え→食事→学会→牛タン
2日目: 朝食→学会→生協弁当→学会→メディアテーク→飲み会
3日目: 朝食→学会→生協食堂→学会→土産、ラーメン→荷物扱い
なんだかご当地風味のない行程でした。夜行バスだと距離感も沸かないし。

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ああそうそう、今回ほぼ唯一のご当地風味だったといってもよい「牛タン」。これはしっかり堪能させていただきました。美味しくて、非常にいい感じでした。でしたが、食べている最中に「ああ、今まさに、牛の死体とディープキス」などと言うわけのわからん考えが浮かんでしまったがために、次の一口から倫理的な障壁が非常に高く。その割に最終日のお土産コーナーでちょっと試食したり、家族に送ったお土産がそれだったりするのは、何と言うか、あまりほめられたことではないのかもしれませんが、人間とは因果なものよ、と。

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